面接は落とされまくるし彼氏とも別れて辛かったけど、コロナで憧れの人とビデオ通話できて好きだった幼馴染と仮婚約できた

人生について

私は今無職だ。そろそろ無職歴・2年目に突入しようとしている。
2020年の人生設計は

  • 転職活動をして内定をGET
  • 入社日までに韓国に1ヶ月程度、再度留学する
  • 会社の近くに一人暮らしをする
  • 仕事を始めたら定時後の時間を大切に使う

というものだった。
しかし最初の目標「転職活動をして内定をGET」すらコロナウイルスの蔓延で苦戦しているので、当たり前だが後半の目標も達成できない。
2020年も半分が過ぎてしまったが何一つこの人生設計が上手くいっていくて焦っていた。

しかし、上手くいかない中にも「あ〜今までこのために上手くいかなかったのかな」と思えるような、思いがけない良いこともあった。
タイトルの通り、辛かったことと良かったことを書いていこうと思う。

思ったより転職活動が辛かった

転職活動を始めたのは2020年3月後半頃。
緊急事態宣言が出されるほどではないが、この頃にはとっくにコロナウイルスが流行っていた。

私は東京のWeb系の会社に行きたくてたくさん応募した。
応募数だけならば2ヶ月ちょっとで50社は超えただろう。
私が新卒の就活時は「売り手市場」だったので、正直こんなに応募するとも予想していなかった。

私は福岡にいるので、Web面接で行ってくれる企業が多く助かった。
しかし、面接まで進めても1次面接で落とされることが多くショックだった。
友達に話すと
「Web面接は通常の面接より、採用基準が厳しくなるよ。」
「むしろご時世だから決まらないのは当たり前だよ。」
と優しい言葉をかけてくれるが
面接を受けてる本人である私からすると
「私の能力が足りないから内定が出ないのでは」という自分を責める気持ちになってしまう。

面接官には「前職退職後ブランクありますけどこの数ヶ月、何してたんですか?」と冷たい口調で言われ、ボーッと生きている訳では無かったので過去1ヶ月ごと何をしていたか説明したが、「ふーん。」といった興味のなさそうな反応をされたことがあった。
未経験OKの会社だったが「Web業界の勉強はしているんですか?」「語学の勉強してたって言うけど、うち語学関係ないんですよね。」と厳しい口調で言われたこともあった。
私は前職を退職後、韓国とセブに留学に行っていたため、語学の関係のないWeb系を受けていると「何故?」という目で見られる。
私が面接官だったとしても同じことを思うだろうが、「退職後何してた?」質問されたら正直に「留学行ってました」と答えるしかない。
【ブランクがあると転職活動は厳しい】というのは1年未満のブランクでも、20代の自分にも当てはまることなのだと思った。

前職は周りに迷惑をかけないように円満退社のためにベストを尽くしたつもりだった。
だから退職後は自分で稼いだお金で好きな国で勉強をして、前職で磨り減ったエネルギーを充電してきた。
側からみたら無意味なことをしているかもしれないが、間違いなく私にとって必要な数ヶ月だったのに…
自分の気持ちに正直になって好き勝手生きてしまった数ヶ月間のせいで
転職に関係ないことを学んできたせいで、
転職市場にとって不利になり、ずっと働いてきた社会人にとって白い目で見られるとは思わなかった。

日本人は皆、前職を退職後、1年未満の充電期間でサクッと次の職場に入社できるのか?
制約の多い社会人生活から抜け出したから、(せっかくだから1年くらい好きに自分の興味のままに生きてみよう!)って実行する人が皆無なのか?貯金があったとしても?
思ったより融通の利かない社会だったのだと感じてしまった。
コロナ前だったら上手く行ってたのかもしれないが。

実は1社内定を貰ったが、6ヶ月の研修スケジュールを聞くと

  • Webデザイナーとして入社なのに半年間は「コミュニケーション向上」のために家電量販店や携帯販売店で接客の仕事
  • 接客の仕事が終わったあとにWebデザインの勉強(最短6ヶ月、延びる人もいる)
  • 入社半年は手取り15万、交通費以外の手当はなし(東京で一人暮らし厳しい)
  • 入社半年後もしばらくは手取り17万

といったことを教えてもらい恐怖を抱いた。
人生、頑張らなければいけない部分・踏ん張らなければいけない時がある、というのは今までの受験や就活で学んできたことだけれど
この会社に入ることは、果たしてそうなのか?「必要な努力」なのか?…と感じてしまい、結局辞退してしまった。

未経験だからこのような待遇でもしょうがないのか、
それならやっぱり前職と同じような職種がいいのだろうか、と思い
事務職の求人を探すようになってしまった。
前職の在職中には「事務職マジで無理。私には合ってない。次は絶対したくない。」と心に誓っていたにも関わらず…
自分の「軸」がブレブレになってしまったことに気づき、私は一旦転職活動を中断することにした。

Webデザインの職業訓練の面接に合格できたので、しばらくは学生として勉強に励もうと思う。

5年10ヶ月付き合った彼氏と別れた

4月後半〜5月にかけて「GWに彼氏と電話したいな」と思いLINEをしたが全く返って来なかった。彼氏は東京で働いているので、コロナで会いに行くこともできないから心配だった。
「お腹が痛かった」と後で謝罪のLINEが来たが、GW中全く私のLINEを返さないのはどうして?と思った。

5年10ヶ月も付き合っているとお互い「恋愛・恋人」というより「大親友」みたいな気持ちになって、お互い適当な扱いになってしまってるなというのは薄々感じていた。

以前、彼氏は「それは良くないと思って」と自分で恋愛コンサルに申し込み
そこで得た【3ヶ月だけ付き合った当初のようにラブラブしてみて、その後の気持ちを確かめる】というアドバイスを実行しようとしてくれた。
私との関係を改善しようと考えて行動してくれたのは嬉しかった。

彼氏から「4月1日から毎日電話しよう!俺が仕事終わった後とかにかけるね」と提案してくれた。私はその電話が来るのを楽しみにしていたが、いつも時間が不規則・深夜に電話がかかってくるので彼の生活が心配だった。

4月中旬以降になると、「毎日電話しよう」と言っていた電話が全く来なくなった。
(GW前だから仕事が忙しいのかな?)と私は思っていた。
しかしGWになっても私が電話したいと言ってもLINEの返信は来なかった。

GW後の週末で「電話出来なかった分Zoomしよう」ということになった。

そしてZoomで「俺たち別れた方がいいんじゃないかって思って」と言われた。

  • 以前のような恋愛感情には戻れなかった
  • そもそも自分に結婚願望がない
  • そんな状態のまま30歳近くまでダラダラと付き合うのはお互いもったいない
  • 仕事を頑張りたい
  • コロナで次いつ会えるかわからない
  • 別に好きな人ができた訳じゃない
  • 尊敬してるし、これからは何でも話せる友人として接していきたい

このような理由で別れを告げられた。
まさかZoomで別れ話をするとは思わずある意味最先端な別れ方だと思った。

私はZoom越しに号泣し「今ここですぐに『うん』とは言えない。頭の整理が済んだらLINEするね」と話して通話は終わった。

それから数週間はことあるごとに泣いたり、友達と電話して話聞いてもらったりした。
私は彼氏への感情が恋愛から友情のようになったのは
「5年以上付き合えば、相手が誰であれそうなるのでは?自然なことでは?」と思っていた。
むしろ一緒にいて楽だし、尊敬しているし、今後こんな人と出会えると思わなかったので別れたくは無かった。
しかし今まで別れ話なんて出なかったのに、彼から言われてしまったら、もうどうしようもないと思ってしまった。
なので意を決して

  • 今までありがとう
  • 一緒に過ごした5年10ヶ月は大切なかけがえのない思い出だった
  • 付き合ってきたおかげで私は成長できた
  • これからは友達としてよろしく

と言った内容のLINEを送り、私たちの恋人としての関係は終わった。

それ以降、元彼氏とは全く連絡をとっていない。(友達とは?)
しかし元彼氏のお母さんは、私たちが別れたことを知っているにも関わらず
私に「お変わりないですか?」というLINEをくれるのでその度に涙腺崩壊しそうになる。

この、転職活動も上手くいっていない・彼氏と別れた時期は本当にしんどかった。
何とか前を向いて行動しようとするが、何か大きな力によって妨げられているような…
自分ではどうすることもできない状況に直面している気持ちになった。

「これからどうやって自分を奮い立たせればいいのか分からない」という気持ちに生まれて初めてなった。ずっと胸がズキズキしていた。

しかし、コロナのおかげで良いこともあった。

ビデオ通話で憧れのお兄さんと話せて人生のアドバイスをくれた

前職を退職後、韓国に留学した3ヶ月間で
最もお世話になったといっても過言ではない韓国人のお兄さんがいた。
社会人として週5で働いているのに日本語の勉強を頑張ってて、副業で中国語を使ってYoutuberもしていて、週末は9時間以上も韓国の絶景スポットを案内してくれたり、全然話せない私のために韓国語を教えてくれたりとにかく親切にしてくれた。私にとって世界で最も尊敬している方である。

「私の帰国後は韓国で、他の日本人留学生と勉強するのだろうな〜」と切ない気持ちになっていたが
私の帰国後2週間後に日本で少しだけ会う機会もあり、また日本来てくれるといいな〜と思っていた。

しかしコロナウイルスの影響により韓国も日本も、お互いの国を自由に行き来できなくなってしまった。
「日本で韓国語しっかり勉強して、また留学リベンジするぞ!」と思っていたが、いつできるようになるのだろう…と勉強のモチベーションも下がってきてしまった。

するとお兄さんと最後に会った4ヶ月後、突然
「今も韓国語を一生懸命勉強していますか?」とメッセージがきて
「コロナのせいでずっと家にいるから一緒に勉強しませんか?」と提案された。

すごく嬉しかったが緊張しながらビデオ通話のアプリを立ち上げていた。
お兄さんの部屋着姿を見れて新鮮だった。
緊張していたが90分話せてとても楽しかった。
私が「すごく久しぶりに韓国語話しました〜」って言ったら
お兄さんも「僕も3ヶ月ぶりに日本語はなしました」と言ってくれた。
3ヶ月ぶりに話す日本語の練習相手に、私を選んでくれたのは感無量だった。

それから数週間に一度のペースでビデオ通話をするようになった。
お互いおすすめの本を紹介しあったり、Youtube動画をおすすめしあったり、平日の夜に2時間話していた。

私が「最近彼氏と別れたんですよ〜」と話すと、別れた理由が気になったようで
「彼氏には結婚願望がなかったので、30歳近くまで付き合うのも意味ないといった理由で別れました」と返した。他にも理由があったが、韓国語で説明できなかった。

するとお兄さんからこのようなことを言われた。

「今26歳でしょ?30歳になるまで4年もある。4年もあったら高校生が大学生になるし、医者にだってなれるし、弁護士にだってなれる!」
「4年もあったら、1年毎に違う人と付き合えば貴女の恋愛歴だって今までと全然違うものになると思う。」
「僕だって25歳の時はYoutuberじゃなかったし、中国語だって話せなかった。貴女が30歳になる頃には韓国語だけじゃなく他の言語も話せているかもしれないよ。」

私はお兄さんの怒涛の勢いに押されてしまって「そ、そうなんですね〜」と言った反応しかできなかったが
後々考えるとこれはお兄さんなりの私へのアドバイスというか励ましだったのだと思う。

「30歳になるまでに結婚しなきゃってネガティブに考えるんじゃなくて、それまでの4年間、無限の可能性があるんだから自分を高めるために頑張れ!」
と言いたかったのだろうなと思い、感動した。
しかもこのようなアドバイスはボーッと生きて来た人にはできないアドバイスだなと思った。
お兄さんのように、少なくとも25歳からずっと今まで弛まぬ努力をしてきた人だからこそ、努力をした上で結果になってる人だからこそ、できるアドバイスだなと感じた。

身近(といっても海を越えてるが)にこのようなアドバイスをできる年上の尊敬できる方がいて、私は幸せ者だと思った。
コロナが終われば、すぐに韓国へ行って会いに行こう。

昔好きだった幼馴染と地元で再会し、仮婚約(?)できた

私が生まれ育って、そして現在住んでいるところは非常に田舎だ。
コロナの自粛期間中、散歩をしたとしても人に会うことはほぼない。
たまに原付で町内ひとり旅をして一眼レフで自然を写真に収め、インスタに上げていた。

すると、小学校・中学校・高校まで一緒の学校だった幼馴染から、
私が上げた写真に対して「ここ、〇〇神社じゃん!ごめん、それだけ笑」と言った反応がきた。
私はこの神社には10年ぶりに行ったのでよく覚えてるな〜と思ったのと、この幼馴染はインスタをほぼ使っていないと思ってたので反応が来て驚いた。

私は小学生の時、この幼馴染のことが大好きだった。
小学校5年生の時のバレンタインには手作りのチョコと匿名でラブレターを彼の家のポストに投函したという恥ずかしい過去がある。
匿名で出したせいか、私だと気づいているけれど脈なしだからなのか、彼から返事は無かった。
中学・高校に上がると彼とは疎遠になってしまったし、彼の好きな人を風の噂で聞き(私とは真逆の元気な女子ね…)と彼の好みが私とは全然違うことを知って少し落ち込んだ。
お互いが22歳の時に彼から「あのチョコと手紙ってお前がくれたの?」という質問がきたので11年越しに答え合わせをすることになった。
その当時、お互い恋人がいたので「そうだよ!でも今はお互い恋人いるからね」と笑い話にした。

インスタのメッセージから「今どこに住んでるの?」と聞くと、「実は地元にいる」と返事が来て更に驚いた。彼は大学は県外に出ていたし、院に進んで今年から就職のはずだったからだ。
彼は「4月から入社なんだけど、コロナのせいでしばらく実家に待機してる。」とのことだった。コロナの待機が終わったら、北陸へ働きに行くらしい。
そういった話をしてもう一人小学校の同級生を誘ってZoom飲みすることになった。
その時は私は彼氏と続いていたし、その幼馴染も彼女がいて順調に続いてそうだった。

彼氏と別れた時、誰かと話したくてたまらず、
私は幼馴染に「彼氏と別れた!つらい!近所の滝まで散歩しよう」とLINEした。
するとなんと幼馴染も「俺も彼女と別れた」と同じ時期にお互い恋人と別れたようでびっくりした。

一緒に近所の滝まで散歩した時に色々な話をした。
中高生の時はお互い疎遠だったため、お互いの友達の話をしたり
恋人と別れた理由についての話をしたりした。
帰り際に「なんか今日、のほほ〜んとしとるね。楽やわ〜」と彼から言われた。
彼の元彼女は結構束縛が激しくて(一緒にいて楽)という雰囲気は無かったそうで、(楽じゃない人とよく今まで付き合えたなぁ…)と私は彼に同情した。

「今日が楽しすぎたから、俺が北陸に行く前に飲も〜お互いフリーなんだし!」と誘われた。その頃には緊急事態宣言は解除されていたし、県内の飲食店も営業を再開していたので「いいね!」と約束をした。

2人で初めて飲みに行ってすごく楽しかった。町外に出て飲んでいたので私が終電を気にしていると彼は「もうちょい遊ばない?カラオケ行きたい」と言い出したが
「このご時世に朝帰りは親が多分嫌がるから普通に終電で帰ろう?終電で帰って駅前で少しホタル見よう!」と提案し終電で帰ることになった。

その帰りの電車で彼は突然
実は俺さ、小学生の時お前のこと大好きやったんよね。あの手紙、お前からだったらいいな〜と思ってたけど、違うと思って別の人にホワイトデー渡して『なんで私?』って引かれたwww」
と衝撃の事実をぶっこんできた。
私は(そうだったのか〜〜全然知らなかった)と思い、
「じゃあ小学校の時はお互い両思いだったんだね」と反応した。
彼は「今マスクしてて良かった〜ニヤニヤしてしまう」と可愛かった。

お互いの地元の駅に着き、田舎で川が綺麗なのでホタルを見ながら
また色々話した。
その時、彼が「お互い30歳になった時に恋人がいなかったら結婚しよ!」と言ってきた。
冗談だろうな〜と思ったが「それは安心やね〜いいね」と返した。
その夜は彼が私の家まで歩いて送り届けてくれた。

彼が北陸へ行ってしまう前に、最後にカラオケに行こうという話になり、
地元のカラオケに行った。その後もつ鍋を食べに行って、また人生について色々語った。
また、彼が歩いて私の家まで送り届けてくれる最中に

「俺、あと4〜5回お前と会っていたら『もう北陸行かない』ってなってたかも」
「仕事のしがらみのない5年前だったら、付き合いたかったな。」
「30歳になってお互い恋人いなかったら結婚しようね。まぁどっちかはおるやろうけど
というふうに言ってくれた。
あの時冗談だと思っていた「結婚しようね」をこの日も言ってくれ、本気なのだと思った。

私は、小学校の時好きだった人に、中高で疎遠になってしまった人に、
ここまで言って貰えるとは思わなくて
人生ってなにがあるかわからないなという気持ちだった。
本当に結婚するかはわからないし、多分しないだろうけれど、今こうやって想って貰えることが嬉しかった。

私は彼に
「あ〜コロナじゃなかったらもっと動物園とか、色々二人で行ってみたかったな。」
と言うと
コロナじゃなければ俺、地元にいないからwwもう北陸に行ってるからwww」と笑った。

コロナじゃなければ、この幼馴染と
小学校の時両思いだったこともずっと知らないで生きていったんだと思ったし
仮婚約(?)することもなかったんだろうなぁと思った。

彼は今はもう北陸へ行ってしまったが、地味に近況報告のLINEを送ってくれるので嬉しい。今後どうなるかわからないけどこれからも仲良くいられるといいな。

 

まとめ

しんどくて辛いこともあったし、良いこともあったけど
正直、今はまだしんどいことの方が心の中を占める割合大きめではある。

でも、
「あ〜これは、あの時辛かったからこそ、今の良いことがあるんだな」と
過去の辛いことを良いように意味付けできるようになった。

今後もコロナのせいで思うようにいかないこともいっぱい出てくるだろうけど
良いことがあった時に「あの時は、この良いことのための試練だったんだな」と思えるように、良いことをキャッチできるアンテナをしっかり立てて生きていきたい。

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